大判例

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浦和地方裁判所 昭和60年(ワ)1071号 判決

甲・丙・丁事件原告、乙事件被告

岡田滋

(以下「原告」という。)

甲・丙・丁事件被告、乙事件原告

埼玉司法書士会

(以下「司法書士会」という。)

右代表者会長

松本彪

右訴訟代理人弁護士

山本正士

佐々木泉

甲・丙・丁事件被告

(以下「被告国」という。)

右代表者法務大臣

中井洽

右指定代理人

山田知司

外四名

主文

(甲事件)

一  被告司法書士会は原告に対し、金一六五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告司法書士会に対するその余の請求及び原告の被告国に対する請求をいずれも棄却する。

(乙事件)

三 原告は被告司法書士会に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月一九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四 被告司法書士会のその余の請求を棄却する。

(丙事件)

五 丙事件の訴えを却下する。

(丁事件)

六 丁事件の訴えを却下する。

(訴訟費用)

七 訴訟費用は、原告及び被告司法書士会に生じたものはこれを五分し、その四を被告司法書士会の負担とし、その余及び被告国に生じたものはいずれも原告の負担とする。

事実

〔甲・乙・丁事件〕

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(甲事件)

1 被告司法書士会及び被告国(以下「被告ら」という。)は、原告に対し、連帯して金三六〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和六〇年一〇月二三日から、内金六〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から、それぞれ支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告司法書士会は、別紙(一)の文書の発送・配達・頒布等を一切してはならない。

3 被告司法書士会は、原告の営業上の信用を回復するために、埼玉県大宮市大字飯田新田八六番地一株式会社湊川建設(以下「湊川建設」という。)に対し、別紙(二)の文書の送付(配達証明付)をしなければならない。

4 訴訟費用は被告らの負担とする。

5 第1項について仮執行宣言

(丙事件)

6 原告が、法律顧問を勤める湊川建設の嘱託を受け増資(資本金一五〇〇万円から三〇〇〇万円に増額)の事務一切を処理し、これに伴い昭和五九年六月一日浦和地方法務局大宮支局に対し、株式会社変更登記(登記の事由新株発行)の申請をした行為(以下「本件登記申請」という。)は、弁護士としての原告の職務行為であることを確認する(中間確認の訴)。

7 (丁事件)

商業登記申請代理を含む商業登記業務については、弁護士である原告は、被告埼玉司法書士会にとって、不正競争防止法(平成二年六月二九日法律第六六号及び平成五年五月一九日法律第四七号による改正前のもの、以下同じ。)一条一項六号にいう「競争関係ニアル他人」に該当することを確認する(中間確認の訴)。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

(本案前の答弁)

1 原告の中間確認の訴をいずれも却下する。

(本案の答弁)

2 原告の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

4 担保を条件とする仮執行免脱宣言(被告国)

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1 原告の地位

原告は、埼玉弁護士会に所属する弁護士である。

2 原告の本件登記申請

原告は、自ら法律顧問を勤める湊川建設の嘱託を受け、増資(資本金一五〇〇万円から三〇〇〇万円に増額)の事務一切を処理し、これに伴い昭和五九年六月一日浦和地方法務局大宮支局に対し、株式会社変更登記(登記の事由新株発行)の登記申請(本件登記申請)を代理した。

3 被告司法書士会の責任

(一) 本件文書の送付

被告司法書士会の会長である松本彪(以下「松本」という。)は、昭和六〇年二月一日ころ、別紙(四)「株式会社湊川建設殿」と題する文書(以下「本件文書」という。)を湊川建設に送付した。

(二) 本件文書の内容と送付の違法性

弁護士が一般的に登記業務を行うことは適法であり、原告の本件登記申請は何ら違法ではないのに、本件文書の内容は、本件登記申請は違法なので今後は司法書士に嘱託せよというものである。従って、松本の本件文書の送付は違法な行為である。

(三) 故意

松本は、原告の名誉・信用を毀損し、かつ、その業務を妨害する目的(具体的には、向後湊川建設その他の嘱託による登記業務から原告を排除する目的)をもって、本件文書を送付した。

(四) 過失

「弁護士法」コンメンタール(第一法規出版株式会社発行)及び司法書士合格基本選書9「司法書士法」(大西隆著・東京法経学院出版部発行)12章には、弁護士が争訟性の有無に関わりなく登記代理業務ができる旨明示してあること、現行法規総覧13中の司法書士法一九条一項但し書の脚注には、「他の法律」として弁護士法三条を掲記していること、本件文書送付後ではあるが、枇杷田泰助民事局長は、昭和六〇年五月三〇日の参議院法務委員会で政府委員として質問に答え、司法書士法一九条一項但し書の「他の法律」には弁護士法などがあると明言している。このことからすれば、松本は、調査すれば容易に、弁護士が争訟性の有無に関わりなく登記申請代理業務ができるとする見解のあることに気付いたはずであり、このような調査を怠って本件文書を送付した点につき過失がある。

(五) 民法上の責任

被告司法書士会は、会長である松本の不法行為につき、民法四四条一項に基づき、原告の被った後記損害を賠償すべき責任がある。

(六) 不正競争防止法上の責任

登記申請代理業務については、司法書士にとって弁護士が不正競争防止法所定の「競争関係ニアル他人」に該当するところ、被告司法書士会は、原告の名誉・信用を毀損し、業務を妨害する目的で、本件文書を送付し、もって、弁護士は登記申請代理業務ができるのに、これができないかのような虚偽の陳述をし、原告の信用を毀損したものであるから、不正競争防止法一条一項六号に該当する。

よって、被告司法書士会は、同法一条ノ二第一項、第三項により、原告の被った後記損害を賠償する責任があると共に、原告の営業上の信用を回復するために、湊川建設に対し、別紙(二)の「陳謝文」と題する書面を送付する責任がある。

また、被告司法書士会は、本件文書の類を頒布しない旨代理人弁護士を通じて原告に誓約したが、その後翻意して右事実を否認し、甲事件提訴後も非司法書士排除活動を活発に行なっており、原告は、被告司法書士会による具体的な業務妨害の現実的な危険にさらされているから、同法一条一項六号に基づき、別紙(一)の文書の配達等の差止を求める必要がある。

4 被告国の責任

(一) 違法な情報提供

浦和地方法務局大宮支局長(登記官石井利光、以下「石井支局長」という。)は、昭和五九年一〇月二四日ころ、被告司法書士会の前記不法行為に加担する目的をもって、正規の手続き(商業登記法一〇条、商業登記規則一八条、一九条)によらず、被告司法書士会に対し、登記申請書類の閲覧を許可し、もって原告が本件登記申請をした旨の職務上知ることのできた秘密を漏らし、右事実を了知させた。これは違法な情報提供行為である。

(二) 監督義務違反

仮に、被告国が被告司法書士会の不法行為に加担する目的がなかったとしても、被告国は、司法書士法一五条の二、一七条の二、一七条の四、一二条、一条、一条の二、一八条による一般的な監督作用を果たすべき責任を負う立場から、あるいは行政裁量によって登記申請書の一括閲覧許可を与える立場から、被告司法書士会が非司法書士の排除活動に際し他人の名誉・信用・業務を侵害しないように、被告司法書士会の配布文書の表現内容や文案等を事前に調査し、配布先もチェックをして弁護士や公認会計士及びその依頼者に対して配布を控えるように指導、助言、監督すべき注意義務があるのに、これを怠った。

(三) 国家賠償法上の責任

石井支局長は、被告国の公権力の行使に当たる公務員(登記官)であり、前記のとおり、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に原告に損害を加えた。したがって、被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、原告の被った後記損害を賠償すべき責任がある。

(四) 共同不法行為

被告らは、民法七一九条の共同不法行為者である。

5 損害

原告は、被告らの共同不法行為により、次のように、合計三六〇万円の損害を受けた。

(一) パート雇用による損害

金四〇万円

原告は、決算期及び確定申告期の業務繁忙中、本件文書への対応に追われ、自ら税務会計業務に一切関与できなくなったため、鈴木求美、岡田豊子をパートとして一か月半臨時的に雇用し、パート代金として、二〇万円ずつの合計四〇万円を支払った。

(二) 論稿執筆による損害

金五〇万円

原告は、湊川建設等の顧問先、特に不動産会社の業務担当者、銀行支店長等に弁護士の登記業務の正当性を主張するために、また、司法書士その他の者に対し同旨の講演・講義をするために、従来収集していた資料を整理した未完成論稿(甲第七号証)を執筆し、右執筆のために約一か月を要した。原告の右時間消費による損害は、五〇万円を下らない。

(三) 仮処分申請による損害

金二五万円

原告は、本件文書のような業務妨害文書がこれ以上頒布されるのを阻止するため、被告司法書士会に対し、文書頒布等禁止の仮処分を申請することを余儀なくされた。右申請は原告自身が担当したが、通常弁護士に依頼すれば着手金だけで二五万円を下らない事件なので、二五万円相当の損害を受けた。

(四) 甲事件提訴による損害

金五〇万円

原告は、甲事件の提訴を余儀なくされ、時間を空費した。従って、原告が本人訴訟として本件を遂行することによる時間空費の損害は、弁護士報酬規程を参酌すると、五〇万円を下らない。

(五) 訴訟追行の弁護士費用

金六〇万円

原告は、その訴訟代理人である弁護士三名(いずれも後に辞任)に対し、本件損害賠償請求の訴訟追行を委任し、一人各二〇万円の合計六〇万円を費用・報酬として支払った。

(六) 慰謝料 金一三五万円

原告は、本件文書を受領した湊川建設からも、「先生は登記業務ができないのか、それならちゃんと言ってもらわねば困る。会社もとばっちりを受けて迷惑だ。」などと言われ、被告司法書士会が送付した本件文書によって、弁護士として、多大な精神的苦痛を受けた。これを慰謝するためには、一三五万円が相当である。

6 まとめ

よって、原告は、被告らに対し、不法行為損害賠償請求権(民法四四条一項、国家賠償法一条一項、民法七一九条)又は不正競争防止法一条ノ二第一項の損害賠償請求権に基づき、連帯して損害金三六〇万円及び内金三〇〇万円に対する甲事件の訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一〇月二三日から、内金六〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から、それぞれ支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求めると共に、不正競争防止法一条一項六号に基づき、別紙(一)の文書の配達等の差止及び同条ノ二第三項に基づき、湊川建設に対する別紙(二)の「陳謝文」と題する書面の送付を求め、併せて、中間確認の訴として請求の趣旨6及び7記載のとおり法律関係の確認を求める。

二  中間確認の訴(丙・丁事件)についての被告らの主張

1 原告が求める中間確認の訴の対象は、いずれも過去の事実であって、原告と被告らとの間の現在の法律関係の存否を確認の対象とするものではないから、不適法であり、右各訴はいずれも却下されるべきである。

2 請求の趣旨第7項(丁事件)の中間確認の訴は、原告と被告国との間の法律関係の確認を求めるものではないから、被告国との関係では、この点からも不適法であり、却下されるべきである(被告国)。

三  請求の原因に対する認否

(被告司法書士会)

1 請求の原因1(原告の地位)の事実は認める。

2 同2(原告の本件登記申請)のうち、原告が本件登記申請をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。

3(一) 同3(被告司法書士会の責任)(一)(本件文書の送付)の事実は認める。

(二) 同(二)(本件文書の内容と送付の違法性)は否認する。

被告司法書士会は、弁護士が一般的に登記申請代理を行うことは違法であると考えるが、本件文書は本件登記申請を違法であると指摘するものではない。

すなわち、被告司法書士会は、司法書士会に入会している司法書士でない者は登記申請の代理をすることができないという司法書士法上の原則に対する例外的な場合もあり得るので、参考資料として関係条文を摘示するに際し、司法書士法一九条一項但し書の「他の法律に別段の定めがある場合はこの限りでない。」という文言を本件文書中に併記したのであるから、参考資料を含めた全文、特に右例外規定を併せ読めば、本件文書は、右原則についての一般的な啓蒙宣伝文書に過ぎない。

(三) 同(三)(故意)の事実は否認する。

(四) 同(四)(過失)は争う。

登記実務家の機関誌「登記研究」の質疑応答(登記研究第二一八号)によれば、登記申請の代理業務は、原則として司法書士会に入会している司法書士のみがなしうるものであり、弁護士といえども、依頼を受けた争訟性のある事件に関連して登記の代理申請をする場合を除き、業として登記の申請代理をすることは、許されないとされている。松本は、登記実務の指針とされている右質疑応答に示された見解に基づき、本件文書を送付したものであるから、右のように信ずるについて相当な理由があり、過失はない。

(五) 同(五)(民法上の責任)、同(六)(不正競争防止法上の責任)は争う。

4 同5(損害)の事実は否認する。

本件文書の送付に何らかの不法性があったとしても、その不法性は極めて微弱であり、原告が湊川建設に対し弁護士法の関係条文を示すなどして説明をすれば、容易に納得が得られるものであり、原告は、その後も湊川建設から登記申請の代理業務を依頼され続けているのであるから、原告に損害はないというべきである。

(一) 同(一)(パート雇用による損害)の事実は否認する。

(二) 同(二)(論稿執筆による損害)の事実は否認する。

本件文書と無関係な顧問先を説得するための論文執筆により、原告主張のような出費、逸失利益の喪失があったとしても、それは相当因果関係の範囲内の損害ではない。

(三) 同(三)(仮処分申請による損害)のうち、原告が仮処分を申請したことは認めるが、その余の事実は否認する。

まず、仮処分の必要性はなく、その申請費用は、相当因果関係のある損害ではない。また、弁護士を依頼せずに仮処分を申請した場合においては、弁護士費用相当額が損害として発生する余地はない。さらに、申請費用は、本訴において訴訟費用の負担のなかで判断されるから、独自の損害には当たらない。

(四) 同(四)(甲事件提訴による損害)のうち、原告が本件訴訟を提起したことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告が本人訴訟をした場合の弁護士費用相当額は、損害ではない。

(五) 同(五)(訴訟追行の弁護士費用)の事実は否認する。

(六) 同(六)(慰謝料)の事実は否認する。

(被告国)

1 請求の原因1(原告の地位)は認める。

2 同2(原告の本件登記申請)のうち、原告が本件登記申請をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。

3(一) 同4(被告国の責任)について4(一)(違法な情報提供)のうち、石井支局長が被告司法書士会に登記申請書類を閲覧させたことは認めるが、その余は否認する。

(二) 4(二)(監督義務違反)は争う。

(三) 4(三)(国家賠償法上の責任)のうち、石井支局長が被告国の公権力の行使に当たる公務員(登記官)であることは認めるが、その余は否認する。

4 同5(損害)は知らない。

原告が主張する損害は、登記申請書の閲覧によって通常生ずるものではなく、被告司法書士会が湊川建設に本件文書を送付した行為によって発生したものである。右行為は被告司法書士会が独自の判断によってしたものであり、石井支局長及び被告国は何ら関与していない。したがって、原告主張の損害と被告国が附属書類の閲覧を許容した行為との間には相当因果関係がない。

四  被告司法書士会の主張

1 弁護士と司法書士の職域

登記申請の代理業務は、原則的に司法書士会に入会している司法書士が独占している(司法書士法二条一項一号、一九条一項)。他方、弁護士法三条一項にいう「その他一般の法律事務」に「登記事務」は包含されない。従って、弁護士といえども、ただ弁護士資格のみをもって当然に業として反覆継続して登記申請の代理業務をすることは、司法書士法一九条一項に違反して許されず、例外的に争訟性のある依頼された事件に関連してする場合に限り、登記申請の代理が許されると解すべきである。その理由は、次のとおりである。

(一) 弁護士の職務に関する立法の沿革

弁護士の前身である「代言人」は、司法職務定制(明治五年八月三日太政官達)によって設けられ、「自ラ訴フル能ハサル者ノ為ニ之ニ代リ其ノ訴ノ事情ヲ陳述」することがその職務とされ、その業務は専ら訴訟に限られていた。次いで定められた代言人規則(明治九年二月二二日司法省布達甲第一号)においても、その八条が、「代言人ハ、訴庭ニ於テ其訴答往復書中ノ趣意ヲ弁明シ裁判官ノ問ニ答フル」ことと定め、やはりその業務を訴訟に限定していた。そして、近代的な弁護士制度を採用した旧々弁護士法(明治二六年三月四日法律第七号)の一条でも、「弁護士ハ当事者ノ委任ヲ受ケ又ハ裁判所ノ命令ニ従ヒ通常裁判所ニ於テ法律ニ定メタル職務ヲ行フモノトス但シ特別法ニ因リ特別裁判所ニ於テ其職務ヲ行フコトヲ妨ケス」と定め、弁護士の職務が民訴法七九条と旧刑訴法四〇条に定められた職務、即ち訴訟行為をなすことに限定されていた。また、この時期においては、裁判外の債権取立のようなものも職務の範囲に属しないとされ(大判大正四年六月一七日)、同じく裁判所の所管事項であった登記業務は弁護士の職域から除外されていた。

このように弁護士の職域が訴訟事件に限定されていたが、その結果訴訟に至らない紛争や日常的法律事務を処理する「三百代言」が横行し、一般庶民の利益を害することになった。そこで、旧弁護士法(昭和八年法律第五三号)一条は、「弁護士ハ当事者其ノ他ノ関係人ノ委嘱又ハ官公庁ノ選任ニ因リ訴訟ニ関スル行為其ノ他一般ノ法律事務ヲ行フコトヲ職務トス」と定め、従来の職域たる訴訟に関する行為のほかに、初めて「一般ノ法律事務」を行なうことを付け加えた。ところで、右旧弁護士法一条の「一般ノ法律事務」とは、具体的には、「法律事務取扱ノ取締ニ関スル法律」(昭和八年法律第五四号)一条(弁護士ニ非サル者ハ報酬ヲ得ル目的ヲ以テ他人間ノ訴訟事件ニ関シ又ハ他人間ノ非訟事件ノ紛議ニ関シテ鑑定、代理、仲裁又ハ和解ヲ為シ又ハ此等ノ周旋ヲ為スヲ業トスルコトヲ得ズ但シ正当ノ業務ニ付随シテ為ス場合ハ此ノ限リニ非ズ」)によって禁止されている専属的業務と一致していると解されるところ、同法制定時における牧野委員の質問に対する木村政府委員の答弁(「特ニ此非訟事件ダケ紛議ト云フ文字ヲ付ケマシタノハ、紛議ト云フノハ、是ハ所謂裁判所ニ訴ヘルヤウナ程度ニマデ問題ノ複雑シタ場合」・弁護士法改正委員会議録第四回一六頁)を併せ考えれば、裁判所内の事務でも非訟事件は弁護士の職域から除かれ、裁判所外の事務でも通常の法律事務は弁護士の職域から除外され、それが紛議化した場合だけが弁護士の職務とされたものと解される。したがって、登記申請事件のような「裁判所に係属する非訟事件」は、弁護士の職域から除外されていたというべきである。

こうして、「三百代言」などの横行による弊害を除外する目的で、「旧弁護士法」及び「法律事務取扱ノ取締ニ関スル法律」は、非弁護士の転業のため三年間の猶予期間をおき、昭和一一年四月一日より施行することになった。もし、この時点で登記業務の担い手であった司法代書人を非弁護士と考えたのであれば、転業の機会を与え、司法代書人の制度を廃止する政策が打ち出されたはずである。しかし、事実は逆で、その猶予期間中である昭和一〇年に司法代書人の社会的有用性が承認され、「司法代書人法」が「司法書士法」と改正され、司法書士は、弁護士と分業関係にあり「法律事務取扱ノ取締ニ関スル法律」の対象とされる非弁護士の範疇に含まれないことを明らかにした。

そして、現行弁護士法(昭和二四年法律第二〇五号)は、三条において、右旧弁護士法一条の「其の他一般ノ法律事務」という文言をそのまま継承し、政府委員は、第五回国会の法律委員会で旧弁護士法と同じ趣旨である旨の説明をしているから、旧弁護士法での職域をそのまま継承したものと解される。更に、弁護士法七二条も「法律事務取扱ノ取締ニ関スル法律」一条と同一内容と解すべきであり、取締りの対象となる行為は紛争的性格(事件性を有する法律事務)に限られると解すべきである。

よって、登記申請事件は、弁護士法の沿革からみて、弁護士の職域に属さないというべきである。

もし、弁護士法が「登記申請事務」を職域に取り込むのであれば、弁護士法三条一項の職務の中に「登記申請事務」を掲記するか、同条二項に弁理士、税理士と並んで「司法書士」を掲記すべきであった。すなわち、同条二項は同条一項の「一般の法律事務」に含まれない弁理士と税理士の業務について弁護士が行なえることを定めた特別規定である。

(二) 弁護士法の他の規定との整合性

仮に、登記代理業務が弁護士法三条一項及び七二条にいう「その他一般の法律事務」に含まれるとすれば、司法書士が登記代理業務を行なうことを適法に認めるためには、弁護士法にその旨の規定をおくか、非弁護士による法律事務の取扱を禁止している弁護士法七二条の但書において、「他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」とする規定をもうけるはずである。ところが、弁護士法自体には、司法書士の登記代理業務を認める規定はないし、他の法律に別段の規定があるときを除くという規定もない。かえって、昭和四二年の司法書士法は、登記代理業務を司法書士の本来的職務と定めた。これは、立法者が登記代理業務が弁護士法三条の「その他一般の法律事務」に含まれることを予想していなかったためである。

よって、弁護士法の他の規定との整合性の見地からも、登記代理業務は弁護士の職務に属さないというべきである。

(三) 司法書士の職務に関する立法の沿革

司法書士の前身である代書人は、代言人と同様、司法職務定制によって創設されたものであるが、それに続く訴答文例においても、司法書士の職務は、裁判事務すなわち訴訟上提出する書類を当事者に代わって作成する事務に限定され、登記業務を含んでいなかった。ところが、明治一九年八月一一日以降旧不動産登記法の制定により登記制度の主務官庁は司法省、登記機関は裁判所とされ、裁判所が全国的規模において登記所としての機能を果たすことになると共に、裁判所への訴訟書類の代書を担当していた代書人が多くの国民から登記書類の作成を依頼されるようになり、こうして登記事務と代書人が結びついたのである。

その後、司法代書人法(大正八年法律第四八号)一条が、「本法ニ於テ司法代書人ト称スルハ他人ノ嘱託ヲ受ケ裁判所及検事局ニ提出スベキ書類ノ作成ヲ為スコトヲ業トスル者ヲ謂フ」と定め、裁判所へ提出する書類として登記申請書類を作成することを代書人の職務として追認すると共に、代書人規則(大正九年一一月二五日内務省令第四〇号)一七条は、「本令其ノ他法令ニ依リ許可又ハ認可ヲ受ケスシテ代書ノ業ヲ為シタル者ハ拘留又ハ科料ニ処ス」と規定し、司法代書人以外の者が嘱託を受けて裁判所に提出すべき登記申請書の作成を業とすることを刑罰を以て禁圧した。

その後成立した旧弁護士法は、右司法代書人の業務の例外として弁護士が業として登記業務を行いうる明文の定めがなかったことから、登記代理業務が司法代書人の専属的職務であることは明らかである。

登記業務は、昭和二二年五月三日から司法省の所管となり、昭和二四年五月三一日法律第一三七号によって法務局又は地方法務局(支局、出張所を含む。)で取り扱うことになり、非訟事件ですらなくなり、昭和二五年五月二二日法律第一九七号の司法書士法一条は「司法書士は他人の嘱託を受けて、その者が裁判所、検察庁又は法務局若しくは地方法務局に提出する書類を代わって作成することを業とする。」と規定し、一九条は「司法書士でない者は第二条に規定する業務を行なってはならない。但し、他の法律に別段の定めがある場合又は正当の業務に付随して行なう場合は、この限りでない。」と規定したにもかかわらず、その際、弁護士法を改正して弁護士に限り右一般的禁止を解除する旨の条項を設けなかったことからも、登記業務が司法書士の専属的職務と考えられていたことは明らかである。さらに、昭和四二年七月一八日法律第一九七号によって司法書士法一条が「司法書士は他人の嘱託を受けて、その者が裁判所、検察庁又は法務局若しくは地方法務局に提出する書類を作成し、及び登記又は供託に関する手続を代わってする。」と改正され、単なる登記申請書の代書でなく、嘱託人から登記手続の委任を受け、完結するまでの一連の手続を代理して行なうことが明らかとなった。また、昭和五三年法律第八二号によって司法書士法二条は、司法書士の職務を「登記又は供託に関する手続について代理すること」(一号)と登記代理の趣旨を明らかにし、登記に関する審査請求にまで職域を拡大した(三号)。

以上のとおり、登記業務は、大正八年以降司法書士の独占業務であり、昭和二五年の司法書士法で明確に登記業務が司法書士の業務と定められたのにかかわらず、弁護士法三条一項には何ら改正がなされなかったから、右規定は司法書士の登記業務独占の例外を認めた規定とはいえない。

(四) 弁護士と司法書士の各業務の実態

市民は、訴訟は弁護士、登記は司法書士という一般的な認識を有しており、こうした社会的認識は牢固として動かすべからざるものであり、これが司法書士の登記業務の独占を支えてきたのである。司法書士はこれに応えて今日まで約一〇〇年間、登記業務の専門家として、国民の権利の保全に寄与してきた。

他方で、弁護士は、歴史的にみても訴訟の専門家であり、現在でも紛争性のある事務の処理に没頭しており、司法試験受験や司法修習の過程において不動産登記、商業登記の勉強、研修をすることがないので、ますます登記関係業務から遠ざかっているのが実態である。これは、日弁連の報酬等基準規程の中に、昭和五〇年四月一日施行の基準規程一三条が定められるまで、登記申請手続の手数料の定めがなかったことによっても明らかである。従って、司法書士が登記申請代理業務等を独占すべきである。

以上(一)ないし(四)によれば、弁護士法三条一項の「その他一般の法律事務」の概念は、裁判外の紛議であり、しかもそれが争訟性を有する程度に熟した「モメ」ごと(法律事務)になっている必要性があると解されるのであり、「登記業務」は弁護士法三条一項の「その他一般の法律事務」には該当しないのである。

よって、弁護士が争訟性のある事件に付随しないで登記代理を業として行うことは、司法書士法一九条一項に反して違法である。

2 弁護士の司法書士会への入会強制

仮に、弁護士法三条一項の「一般の法律事務」に登記申請代理事務が含まれているとしても、司法書士会に入会することなく、一般的に登記代理業務を行なうことは違法である(司法書士法一九条一項)。

なぜなら、弁護士というただそれだけのことで、他の登記専門職につき実定法上設けられている規則が一切適用されなくなる(例えば、同法八条の嘱託に応ずる義務、一五条の六の会則遵守義務、司法書士会所定の報酬規程の遵守義務がなくなる)とすると、究極において司法書士制度自体を否定することになりかねず、少なくとも司法書士業が成り立たなくなることを容認するという不当な結果になってしまうからである。また、行政書士法二条、一九条も弁護士が行政書士の業務を行うには、登録して行政書士会に入会することを前提にしていると解されるから、これと同種の司法書士も同様に解すべきだからである。

3 違法性阻却事由

仮に、弁護士が登記申請代理業務を行うことができ、本件登記申請が適法であるとしても、本件文書の内容は前記三(請求の原因に対する認否)3(二)に記載したとおり、例外的な場合がある旨の但し書を付した上で司法書士法一九条一項の原則を強調し、今後司法書士に登記の嘱託をするようにお願いしたにすぎず、弁護士に依頼しないようにとは記載していないから、これは自由競争の範囲内の社会的に許容された行為であり、また、国民の権利の保全とその生活の安定を図る目的で制定されている司法書士法一九条の趣旨に則り、日本司法書士会連合会の定めた「非司法書士排除に関する実施要綱基準」に従ってしたものである。従って、本件文書の送付は自由競争の範囲内の社会的に許容された行為又は法律上正当な業務行為に該当し、違法性が阻却される。

五  被告国の主張

1 閲覧許可の適法性

(一) 商業登記法一〇条が、登記簿自体の閲覧を何人にも制限していないのは、商業・法人登記制度における公示の目的を充分に達成するため、登記簿等の公開を原則的な理念としているからである。したがって、同条が他方で登記簿の附属書類(具体的には申請書、嘱託書、通知書、許可書及びそれらの添付書類)の閲覧請求を利害関係のある部分に制限しているのは、文書の非公開(文書の秘密保持)を理由とするものではなく、専ら①行政事務処理上の便宜と②閲覧の必要性の不存在を理由としたものである。すなわち、①仮に無制限に閲覧を許した場合には、申請書類の損失、汚損などのおそれが生ずるので、これらを防止するため、保存管理上、索出、枚数等の確認、事後の点検などが必要となるが、その事務手続の煩雑さを避けるために閲覧について合理的な制限をする必要がある。また、②利害関係を有しない者は、登記簿の閲覧のみで、通常はその目的を達成できるので附属書類の閲覧の必要性がないと考えられる。そこで法は、附属書類については、利害関係のある事項に限って閲覧を認めることにしたのである。加えて、同条は法形式上、閲覧者に対して閲覧請求を制限しているに過ぎず、閲覧事務を扱う登記官に対して閲覧制限遵守の行為義務を定めた形式にはなっていない。したがって、登記官は、①公益を図るため等、「社会通念上附属書類の閲覧が必要やむを得ない場合」には、②「登記事務に支障がない範囲内」で、利害関係ある事項が存しないときでも、附属書類の閲覧を許容することができるというべきである。

(二) 右の見地からみれば、本件の閲覧許可は、適法である。すなわち、①司法書士法一九条一項は、司法書士会に入会していない非司法書士が同法二条に定める司法書士の業務を行なうことを禁止し、同法二五条は、同法一九条一項に違反した者を一年以下の懲役又は三〇万円以下の罰金に処する旨定めているが、被告司法書士会は、右各条文に裏付けられた、非司法書士を排除し司法書士制度の健全な維持運営を図るという公益目的を図るため、非司法書士の業務の実態を適正かつ迅速に調査しているものであり、その過程でやむを得ず、登記申請書を閲覧する必要があるというのであるから、「社会通念上附属書類の閲覧が必要やむを得ない場合」に該当する。また、②被告国(法務局)は、その「登記事務に支障がない範囲内」で被告司法書士会による閲覧を許容した。加えて、③本件においては、登記簿記載事項を除けば、閲覧によって得た情報は代理人の住所と氏名だけであるところ、登記申請は公法上の行為であり、少なくともその行為が既に完了した後においては、その登記申請の代理人が何人であるかということが一般の当事者にとって知られたくない秘密に属するとは到底認められない。それゆえ、被告国(登記官)が被告司法書士会に登記申請書の閲覧を許容した行為は、適法というべきである。

2 監督権について

原告の主張する法律の規定があることから直ちに、国が司法書士会の配付文書を事前に調査し、チェックする義務を負うものではない。

六  被告らの主張に対する原告の反論

1 被告司法書士会の主張1(弁護士と司法書士の職域)は争う。

弁護士は、弁護士法三条に定める「その他一般の法律事務」として、訴訟事件その他の争訟に関連するか否かにかかわらず、当然に登記申請代理業務を行なうことができる。この場合弁護士法三条は、非司法書士の司法書士活動を禁止している司法書士法一九条一項の但書にいう「他の法律に別段の定めがある場合」に該当する。その理由は、以下のとおりである。

(一) 非訟事件業務と弁護士職務の沿革(前記四の被告司法書士会の主張1(一)、(三)について)

非訟事件手続業務は、次の(1)ないし(3)の事実に照らし、昭和八年の旧弁護士法以来、弁護士の職域に属していたことが明らかである。

(1) 大正八年当時の非訟事件手続法六条二項は、「裁判所ハ弁護士ニ非スシテ代理ヲ営業スル者ニ退斥ヲ命スルコトヲ得此ノ命令ニ対シテハ不服ヲ申シ立ツルコトヲ得ス」と定め、弁護士が業として非訟事件手続の代理をなしうることを前提としていた。

(2) 昭和四年の第五六回帝国議会に提出された司法代書人法の改正法案は、司法書士が非訟事件の手続の代理等を求めて立法改正運動をしたものであったが、弁護士の権能を侵害するとの理由によって弁護士会が反対したこともあって、成立しなかった経緯がある。

(3) 区裁判所及出張所構内代書人取締規則(大阪地方裁判所、旧規則明治四〇年六月二八日制定のものが大正四年四月一六日改正施行(改正)されたもの)八条は、「代書人ハ代書業務ノ付随トシテ左ニ記載シタル事項ニ限リ之ヲ為スコトヲ得」とし、その四号に「登記申請ニ付キ代理ヲ為スコト」と定めている。これは、司法代書人の本質をあくまで「代書」とし、現実に「登記申請書」の代書の嘱託があった場合に代書の付随行為として例外的に「登記申請代理」を認めたものである。

(二) 現弁護士法三条の立法者意思について

立法当時の鍛治良作法務委員の答弁(第五回国会参議院法務委員会会議録一三号六頁)によれば、弁護士法三条一項の「法律事務」のなかには、法律事務である限り弁理士や税務代理士の業務も含まれるが、弁理士法や税務代理士法があってその点に疑義が生じうるので、特に第二項を設け、法律事務である限り弁理士や税理士の業務もできることを注意的に規定したことが明らかである。したがって、不動産登記法などの「法律」に関する事務(法律事務)である登記代理業務は、同法三条一項によって、弁護士の職務に属するというのが立法者意思である。

(三) 弁護士が他の専門的資格を有するとされる趣旨(被告司法書士会の主張1(四))について

税理士法制定に多大の影響を及ぼしたシャウプ勧告中には、「彼等(弁護士及び会計士)の専門的資格は、それぞれの専門的地位を得たことに因って一般的に証明済であるから、更に(税理士の資格)試験をすることは必要でない。税の部面における特殊の経験はないかも知れないが、その専門的地位にあることによって、彼等は、納税者の有能な代理者として必要な知識をもつことになるであろうということが予想される。」という趣旨の部分がある。これが、まさに弁護士法三条の根本思想である。したがって、登記代理業務も右税理士業務と同様であり、弁護士は、たとえ登記実務面で特殊の経験がなくとも、その弁護士という専門的地位にあることによって、登記申請の依頼者の有能な代理者として必要な知識をもつことになることが予想されるから、当然に業として登記代理業務を行いうると解されるのである。

(四) 弁護士法七二条但書との関係(被告司法書士会の主張1(二))について

司法書士の登記に関する審査請求業務(司法書士法二条一項三号)について、弁護士法に許容規定はないが、右業務が弁護士法三条一項の法律事務であり、かつ、司法書士法によって司法書士が適法に行えることは明らかである。したがって、法律事務の一部について弁護士以外の者が業務を行うことを認める法律は、弁護士法七二条但し書の定めるような「この法律」(弁護士法)である必要はなく、後法優位や特別法優位の解釈原理に照らし、弁護士法以外の「他の法律」でもかまわないと解される。したがって、司法書士の登記申請代理業務を許容する規定が弁護士法に設けられていないからといって、右業務が同法三条一項の法律事務に該当しないという被告書士会の主張は、理由がない。

(五) 専属的職務の範囲と弁護士の職務の範囲の相違(被告司法書士会の主張1(二))について

専属的職務の範囲を定めた弁護士法七二条の「その他一般の法律事件」とは、争訟性のある事務であることを要しないと解すべきである。仮に、右七二条の「その他一般の法律事件」が争訟性のある事務をいうとしても、それは処罰規定で担保される専属的職務の範囲を限定するにすぎず、その他に処罰規定で担保されない弁護士の他の業種との競合的職務が存在し、弁護士の職域を定めた同法三条の「その他一般の法律事務」というのは、争訟性を有しない、単なる法律関係事務(競業的事務)も含まれると解される。これは、公認会計士法、税理士法及び行政書士法において罰則で担保されている専属的職務の範囲よりも、それらの職域が広く定められていることと同様である。したがって、弁護士法七二条の「法律事件」が争訟性を前提としているから同法三条一項の「法律事務」には争訟性を有しない登記代理業務が含まれないと帰結する被告司法書士会の主張は、理由がない。

以上(一)ないし(五)によれば、弁護士である原告が弁護士法三条一項によって適法に登記代理業務をなしうることは明らかである。

2 被告司法書士会の主張2(弁護士の司法書士会入会の必要性)は争う。

弁護士は、司法書士会に入会しなくとも、登記代理業務ができる。弁護士会から除名されれば、登記代理業務をはじめ一切の法律事務の執行を禁止され、排除されるから、司法書士会へ入会していなくとも、登記代理業務の公正は保持されうる。弁護士法や司法書士法が弁護士の司法書士会への入会を予想した規定を置いていないのは、入会しなくとも登記代理業務を行うことができると考えているからである。かえって、弁護士会と司法書士会への重複入会を必要とし、弁護士会と法務大臣という別個の監督に服するとすると、弁護士会から除名された者が司法書士法四条一号ないし五号に該当しない限り、引き続き司法書士業務を継続できるという不当な結果を招いてしまい、妥当でない。

3 被告司法書士会の主張3(違法性阻却事由)は争う。

単なる勧誘文書でなく、原告の登記代理業務を違法とする趣旨の本件文書を登記申請者に送付する行為は、正当な業務行為ではありえない。仮に、被告司法書士会が弁護士の登記申請代理業務の適法性に疑念を抱いたとしても、同被告は原告自身に対して直接照会すべきであって、いきなり顧客に本件文書を送付するような行為は、社会的に相当として違法阻却されることはありえない。

4 被告国の主張4(閲覧許可の適法性)は争う。

商業登記においては、その登記の目的により、定款、株主総会議事録、取締役会議事録、合併契約書等の書類の添付が必要とされる場合があるが、これらは、法律上の利害関係を有する者にのみ公開を許しており(商法二六三条二項、二四四条四項、二六〇条の四第四項等)、その制限の趣旨は、文書の秘密保持にある。本件においても、依頼者と代理人の間の委任関係の存在及びその内容は、本来秘密に属することであり、第三者に対し徒に公開されることは、当時者間の信頼関係を失わせることにもつながるから、秘密保持の必要がある。しかるに、登記簿の附属書類としてならば利害関係がない事項でも閲覧できるとすると、実体法が利害関係人にのみ閲覧請求権を与えて文書の秘密を保護している趣旨を没却する。したがって、利害関係のない事項の閲覧を認めた被告国の行為は、違法な情報提供である。

七  原告の反論1(一)(1)に対する被告司法書士会の再反論

非訟事件手続法六条二項につき、明治三三年五月三一日付司法省民刑事局長回答は、登記申請代理業務には適用されない旨を明らかにしており、このような解釈は、弁護士は登記申請代理業務を職務としていなかったことを示すものである。

〔乙事件〕

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1 原告は、被告司法書士会に対し、金四三五〇万円及びこれに対する昭和六一年二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 原告は、埼玉新聞に別紙(三)記載の謝罪広告を掲載せよ。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

4 第1項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告司法書士会の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告司法書士会の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1 被告司法書士会の地位

被告司法書士会は、司法書士の使命及び職責に鑑み、その品位を保持し、司法書士事務の改善進歩を図るため、会員の指導及び連絡に関する事務を行うことを目的とする法人であり、司法書士の強制加入団体である。

2 原告の責任

(一) 本件訴状の陳述

原告は、昭和六一年二月一九日の本件第一回口頭弁論期日において、被告司法書士会を「劣位下等な職能集団」と記載した甲事件の訴状(同訴状の請求の原因第五項)を陳述した。

(二) 違法性・過失及び損害

原告は、弁護士という地位にありながら、右(一)の違法な行為をしたことにより、被告司法書士会の社会的評価は、著しく失墜させられ、被告司法書士会は、名誉侵害に伴う無形の損害を受けた。

右無形の損害は、少なくとも四三五〇万円(当時の会員四三五名×一〇万円)を下らない。また、右名誉を回復するため、埼玉新聞に別紙(三)記載内容の謝罪広告の掲載をするのが相当である。

3 まとめ

よって、被告司法書士会は、原告に対し、不法行為損害賠償請求権に基づき、損害金四三五〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると共に、埼玉新聞に別紙(三)記載内容の謝罪広告を掲載することを求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因1(被告司法書士会の地位)の事実は認める。

2(一) 同2(原告の責任)(一)(本件訴状陳述)の事実は認める。

(二) 同(二)(違法性・過失及び損害)の事実は否認する。

被告司法書士会が指摘する「劣位下等」という表現は、登記業務遂行能力の上下や優劣に関して使用したものではない。まして人格的攻撃のための表現でもない。ただ、両者の職域上の包摂関係に着目した表現にほかならない。すなわち、弁護士(会)と司法書士(会)を対比したとき、前者の職域が後者のそれを包摂している以上、前者を上位(上等)、優位と表現することができるのは当然であり、後者は下位(下等)、劣位ということになる。そして、右表現がベストの表現ではないとしても、被告司法書士会は、原告の名誉・信用を毀損しているのであるから、右の程度の表現は受忍・甘受すべき義務があり、右表現が記載された本件被告司法書士会は、原告の名誉・信用を毀損しているのであるから、右の程度の表現は受忍・甘受すべき義務があり、右表現が記載された本件訴状の陳述は違法とはいえない。

なお、原告は、右訴状の前記陳述部分を本件第一二回口頭弁論期日において撤回している。

〔証拠関係〕

本件訴訟記録中の証拠目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一  甲事件

一  請求の原因1について

請求の原因1(原告の地位)の事実は当事者間に争いがない。

二  請求の原因2について

請求の原因2(原告の本件登記申請)の事実中原告が本件登記申請をしたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第七四号証、乙第三四号証及び丙第一号証の一によれば同2のその余の事実を認めることができる。

三  請求の原因3(一)について

請求の原因3(被告司法書士会の責任)(一)(本件文書の送付)の事実は当事者間に争いがない。

四  請求の原因3(二)について

以下本件文書の内容と送付の違法性について検討する。

1  本件文書の内容

本件文書は別紙(四)のとおりであって、①その冒頭部分には、「商業・法人登記(会社設立、役員変更、本店移転、商号変更、その他)は、司法書士のみが申請代理できると司法書士法に定められている」旨記載されていること、②参考資料として司法書士法一九条一項がほぼそのまま記載されているが、同条項の但し書にいう「他の法律」に弁護士法が該当するか否かについては何らの記載がないこと、③〔注〕として、「税理士が顧問として関与している会社等の商業登記書類の作成及び登記手続の代行等を付随業務として行うことは違法である」旨の法務省民事局長回答が記載されていることが認められる。

これら①ないし③の記載のほか、本件文書の記載事実を総合考慮すると、本件文書を受領した者は、その者が法律の専門家ででもない限り、弁護士が登記業務を行うことは違法であると受けとるであろうことは推測に難くない。

2  弁護士が登記申請代理業務を行うことの適否

そこで、弁護士が登記申請代理業務を行うことが適法か否かについて以下検討する。

(一) いずれも成立に争いのない甲第二号証の二、甲第五号証、第六号証、第一一号証、第一二号証、第一五号証、第二三号証、第二五号証、第三九号証、第四四号ないし四六号証、第五〇号証、第五五号証、第五九号証、乙第二五号証、第二六号証、第二八号証、第二九号証、第四〇号証、第六八号証、第七〇号証(但し、甲第二三号証、第三九号証、第四六号証、乙第二六号証、第二八号証については原本の存在と成立の真正も争いがない。また、甲第二号証の二、第六号証、第一一号証、第一二号証、第一五号証、第二三号証、第三九号証、第五〇号証については書き込み部分を除く。)、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第七号証、第三〇号証の一ないし五に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 弁護士の職務に関する立法の沿革

ア 司法職務定制(明治五年)

わが国における弁護士の前身である代言人は、司法職務定制(明治五年八月三日太政官無号達)により、判事制度、検事制度と並んで證書人、代書人と共に設けられ、その職務は、「各區代言人ヲ置キ自ラ訴フル能ハサル者ノ為ニ之ニ代リ其訴ノ事情ヲ陳述シテ枉冤無カラシム」(四三条第一)こととされた。

イ 代言人規則(明治九年、一三年)

その後制定された代言人規則(明治九年二月二二日司法省布達甲第一号)には、「代言人ハ訴庭ニ於テ其訴答往復書ノ趣意ヲ弁明シ裁判官ノ問ニ答フル者トス」(八条)と規定され、また改正後の代言人規則(明治一三年五月一三日司法省布達甲第一号)も、「代言人ハ法令ニ於テ代言ヲ許サレタル詞訟ニ付テ原告又ハ被告ノ委任ヲ受ケ其代言ヲ為ス者トス」(一条)と規定し、代言人の職務は民事訴訟に限られていたが、治罪法(明治一三年制定、同一五年施行)により刑事訴訟においても認められるようになった。

ウ 裁判所構成法(明治二三年)

明治二二年明治憲法が発布され、その翌年、裁判所構成法(明治二三年二月一〇日法律第六号)、民事訴訟法(明治二三年四月二一日法律第二九号)、刑事訴訟法(明治二三年一〇月七日法律第九六号)が制定公布され、これらの法律中に初めて「弁護士」という名称が使用された。

エ 旧々弁護士法(明治二六年)

明治二六年に至って近代的な弁護士制度を採用した弁護士法(明治二六年三月四日法律第七号、以下「旧々弁護士法」という。)が制定され、これには、「弁護士ハ当事者ノ委任ヲ受ケ又ハ裁判所ノ命令ニ従ヒ通常裁判所ニ於テ法律ニ定メタル職務ヲ行フモノトス但シ特別法ニ因リ特別裁判所ニ於テ其職務ヲ行フコトヲ妨ケス」(一条)と規定され、弁護士の職務は裁判所内における活動に限られていた。

オ 旧弁護士法、法律事務取締法(昭和八年)

旧々弁護士法の改正に係る弁護士法(昭和八年五月一日法律第五三号、以下「旧弁護士法」という。)は弁護士の職務の範囲を拡張して、「弁護士ハ当事者其ノ他ノ関係人ノ委嘱又ハ官庁ノ選任ニ因リ訴訟ニ関スル行為其ノ他一般ノ法律事務ヲ行フコトヲ職務トス」(一条)と規定し、弁護士の職務は、従来の裁判所における法律に定められた職務に限定されるのではなくて、あらゆる法律事務を行うものとした。

旧弁護士法と同日に制定された法律事務取扱ノ取締ニ関スル法律(昭和八年五月一日法律第五四号、以下「法律事務取締法」という。)では、「弁護士ニ非ザル者ハ報酬ヲ得ル目的ヲ以テ他人間ノ訴訟事件ニ関シ又ハ他人間ノ非訟事件ノ紛議ニ関シ鑑定、代理、仲裁若ハ和解ヲ為シ、又ハ此等ノ周旋ヲ為スヲ兼トスルコトヲ得ズ但シ正当ノ業務ニ付随シテ為ス場合ハ此ノ限ニ在ラズ」(一条)と定められた。このように、弁護士の職務規定と非弁護士の取締規定が別の法律に分かれて定められたため、旧弁護士法自体においては直ちに一般の法律事務を取り扱うことが弁護士の専属的職務にはならないが、法律事務取締法一条の規定によって、旧弁護士法一条の職務行為のうち法律事務取締法一条に定められた事項について弁護士の専属的職務が認められることになった。

カ 現行弁護士法(昭和二四年)

現行弁護士法(昭和二四年六月一〇日法律第二〇五号、以下「弁護士法」という。)には、「弁護士は、当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によって、訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とする。」(三条一項)と規定されている。これは、旧弁護士法一条に「訴訟ニ関スル行為ソノ他一般ノ法律事務」と規定されていたものを説明的に細分して規定しただけのことであって特段の変更とは考えられていない。すなわち、旧弁護士法一条の「法律事務」は、当初の草案の段階では「法律ニ関スル事務」と表現されていたものを縮めたものであり、旧弁護士法制定当時から語義が曖昧であるとの批判があったため、弁護士法制定に際し、例示を加えることとして明確化を図ったものである。

そして、弁護士法七二条には「弁護士でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。但し、この法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」と規定されている。

法律事務取締法一条が、前記のとおり単に「訴訟事件」と「非訟事件の紛議」に関する行為を取り締まっていたため、旧弁護士法一条の職務行為のすべてが専属的職務になるわけではなかったが、弁護士法七二条ではこれを拡大して、訴訟事件はもちろん紛議に至らない非訟事件等一切の法律事件をも対象としてその取締を徹底したため、弁護士法三条の職務行為は即ち弁護士の専属的職務行為になった。

(2) 登記制度の変遷

ア 旧登記法(明治一九年)

登記法(明治一九年八月一三日法律第一号、以下「旧登記法」という。)により、登記制度の主管官庁が大蔵省から司法省に代わり、登記機関については、「登記事務ハ治安裁判所ニ於テ之ヲ取リ扱フモノトス」(三条)との原則が定められ、旧登記法と同時に制定された公証人規則(明治一九年八月一三日法律第二号)により公証人制度が創設されたが、この法律はフランス法にならったと言われるにもかかわらず、公証人をフランス法におけるような登記制度の担い手として位置づけなかった。そこで、裁判所の近傍に居を構え、裁判事務をその職務として行っていた代書人が、登記手続の円滑な運用のために利用、活用されるに至った。

その後、明治二三年に制定された前述の裁判所構成法により、治安裁判所は區裁判所に改変され、「區裁判所ハ非訟事件ニ付法律ニ定メタル範囲及方法ニ従ヒ左ノ事務ヲ取扱フノ権ヲ有ス第一 (省略) 第二 不動産及船舶ニ関スル権利関係ヲ登記スル事 第三商業登記及特許局ニ登録シタル特許意匠及ビ商標ノ登記ヲ為ス事」(一五条)と規定された。

イ 非訟事件手続法(明治三一年)

非訟事件手続法(明治三一年六月一五日法律第一四号)には、「事件ノ関係人ハ訴訟能力者ヲシテ代理セシムルコトヲ得但自身出頭ヲ命セラレタルトキハ此限ニ在ラス」(六条一項)と規定されている。これは、非訟事件手続も広義における民事訴訟と言いうるのであるが、非訟事件のうち隠居、廃家、親族関係、法人の検査役選任、法人の清算人の選任解任、商業登記関係、不動産登記関係等は、通常その法律関係の内容が難解複雑というわけではなく、主として手続に関する事項にとどまるので、法律専門家である弁護士でなくてもその代理事務を遂行できることから、訴訟能力者であれば代理ができることとしたのである。同条二項には「裁判所ハ弁護士ニ非スシテ代理ヲ営業トスル者ニ退斥ヲ命スルコトヲ得」と規定されているが、これは明治三三年五月三一日司法省民刑事局長第八〇三号回答により、登記申請の代理には適用されないとされている。

ウ 不動産登記法(明治三二年)

その後、制定された現行不動産登記法(明治三二年二月二四日法律第二四号、以下「登記法」という。)においても登記事務の担い手は明確にされなかったが、同法四九条但し書の議論の中で、起草委員の一人が「元来登記ハ其申請ヲ為スヤ多クハ代書人ノ如キ者ヲシテ代書セシムルナランモ、此ノ代書人ナレバトテ間々誤謬無キニアラズ。然ルトキハ其僅少ノ為メ直ニ却下セラレ、実際不都合ナリ。」という発言をしていたように、現実には代書人の介在を予定していたものと考えられる。実際、裁判所の監督の下に司法代書人は全国津々浦々、区裁判所及びその出張所近辺に均在し、主として、広義の「非訟事件」である登記申請の業務と、本人訴訟の援助者とし訴訟事件と非訟事件手続に関する書類を作成して地域住民の権利擁護に関与していたのである。

昭和二二年新憲法に立脚し、司法、行政の明確な分離により、登記事務は裁判所から分離されて行政庁である司法事務局の所管とされた。そして、更に昭和二四年に司法事務局が改組され、現在の法務局等又はその支局若しくは出張所が設置され、登記業務は非訟事件ではなくなった。

(3) 司法書士の職務に関する立法の沿革

ア 司法職務定制(明治五年)

司法書士の前身である代書人は、前述の司法職務制定により設けられたものであり、その職務は「各區代書人ヲ置キ各人民ノ訴状ヲ調成シテ其詞訟ノ遺漏無カラシム」(四二条第一)と規定され、訴訟上提出する書類を当事者に代わって作成することに限定され、これには登記申請代理業務が含まれていなかった。

イ 代書人取締規則(大正四年)

その後、前述したとおり、旧登記法が制定され、代書人が実際上の必要性から、登記申請書の代書を行っていたが、大阪地方裁判所の定めた区裁判所及び出張所構内代書人取締規則(大阪地方裁判所明治四〇年六月二八日制定の旧規則を大正四年四月一六日改正施行したもの)に、「代書人ハ代書業務ノ付随トシテ左ニ記載シタル事項ニ限リ之ヲ為スコトヲ得 一 訴訟記録閲覧ノ付添ヲ為スコト 二 訴訟事件ニ付住所ノ引受ヲ為スコト 三 非訟事件ニ付キ代理ヲ為スコト 四 登記申請ニ付代理ヲ為スコト」と規定されている(八条)とおり、代書人の本質はあくまで「代書」とされ、登記申請代理は代書業務の付随業務と考えられていた。

ウ 司法代書人法、代書人規則(大正八、九年)

司法代書人法(大正八年四月九日法律第四八号)の規定により、「本法ニ於テ司法代書人ト称スルハ他人ノ嘱託ヲ受ケ裁判所及検事局ニ提出スベキ書類ノ作成ヲ為スヲ業トスル者ヲ謂フ」(一条)こととされ、代書人の登記申請書類の代書は「裁判所に提出する書類」の代書ということで業務として是認されることになった。

翌大正九年の代書人規則(大正九年一一月二五日内務省令第四〇号)により、「本令其ノ他法令ニ依リ許可又ハ認可ヲ受ケスシテ代書ノ業ヲ為シタル者ハ拘留又ハ科料ニ処ス」(一七条)と規定され、司法代書人法により所属裁判所長の認可を受けずに司法代書人の業務を行った場合には代書人規則一七条により処罰されることになった。

エ 司法書士法(昭和二五年、四二年、五三年)

司法書士法(昭和二五年五月二二日法律第一九七号)は、「司法書士は、他人の嘱託を受けて、その者が裁判所、検察庁又は法務局若しくは地方法務局に提出する書類を代わって作成することを業とする。」(一条)、「司法書士でない者は、第一条に規定する業務を行ってはならない。但し、他の法律に別段の定めがある場合又は正当の業務に付随して行う場合は、この限りでない。(一九条)と規定し、右但し書の「又は正当の業務に付随して行う場合」は昭和二六年六月一三日法律第二三五号でされた改正により削除され、司法書士によるその業務の独占が強化された。

その後の司法書士法の改正(昭和四二年七月一八日法律第六六号)により、一条は「司法書士は、他人の嘱託を受けて、その者が裁判所、検察庁、又は法務局若しくは地方法務局に提出する書類を作成し、及び登記又は供託に関する手続を代わってすることを業とする。」と改正され、この段階に至ってようやく司法書士の職務は単なる登記申請書の代書だけではなく、嘱託人から登記手続の委任を受け、完結するまでの一連の手続を代理して行うことのできることが明らかとなった。

更に、その後の改正(昭和五三年六月二三日法律第八二号)により、司法書士法二条は「司法書士は、他人の嘱託を受けて、次に掲げる事務を行うことを業とする。一 登記又は供託に関する手続について代理すること。二 裁判所、検察庁又は法務局若しくは地方法務局の長に対する登記又は供託に関する審査請求の手続について代理すること。」と規定し、登記手続代理の趣旨が明らかにされたのである。

(二) 判断

以上(一)に認定した事実を総合して判断する。

(1)  右(一)に認定の事実、特に①明治二三年の裁判所構成法により通常裁判所である区裁判所において不動産登記及び商業登記が取り扱われることになり、明治二六年の旧々弁護士法制定により、それまで民事訴訟及び刑事訴訟に限られていた弁護士(代言人)の職務が、「通常裁判所ニ於テ法律ニ定メタル職務ヲ行フ」ものとされたこと、②明治三一年の非訟事件手続法六条二項により非訟事件の代理は原則として弁護士のみが営業として行うことができたものであるが、同法は登記申請代理には適用なく、これは誰でも営業として行うことができるものとされていたこと、③他方、司法書士の前身である代書人は、明治一九年の旧登記法制定以来、実際に登記申請書の代書及び申請手続の代理を行ってきたとはいえ、あくまで代書がその本質とされ、大正八年の司法代書人法によっても「裁判所に提出すべき書類の作成」として、登記申請書の作成が職務として認められたに過ぎず、昭和四二年の司法書士法改正により初めて登記手続の代理の趣旨がその職務に含まれることが明定されたこと等に鑑みれば、登記申請代理は旧々弁護士法の「通常裁判所ニ於テ法律ニ定メタル職務」に含まれるか否かにかかわらず弁護士も業としてこれを行なうことができたものと解される。

(2)  仮に、旧々弁護士法による「通常裁判所ニ於テ法律ニ定メタル職務」に登記申請代理が含まれなかったとしても、前記(一)に認定の経緯によれば少なくとも、その後、弁護士の職務を拡大した旧弁護士法一条の「其ノ他一般ノ法律事務」(草案段階の「法律ニ関スル事務」)には、明治三二年に制定された登記法に基づく登記申請代理が含まれていたものと考えざるを得ない。

そして、旧弁護士法一条の「其ノ他一般ノ法律職務」の内容と特段の変更がない弁護士法三条の「その他一般の法律事務」にも登記申請代理が含まれるものと解することができる。

(3)  従って、弁護士法は、同法制定後の司法書士法一九条一項但し書の「他の法律」に当たると解すべきである。

(4) もっとも、弁護士の専属的職務範囲(弁護士以外の者がこれを行なった場合に非弁護士活動として排除される部分)に登記申請代理が含まれるかについては別に検討を要する。

明治一九年の旧登記法制定以来、業として実際に登記申請書の代書及び申請手続の代理を行っていたのは司法書士であり、非訟事件手続法六条二項は登記手続代理に適用がなく、これは誰でも業として行うことができるとされていたこと、昭和八年の法律事務取締法により、弁護士の専属的職務になったのは「訴訟事件」及び「非訟事件の紛議」であり、一般的な登記申請代理がこれに含まれていないこと等の事実に鑑みれば、昭和二四年の弁護士法制定までは、登記申請代理は弁護士の専属的職務範囲には含まれていなかったものと解される。そして、同年に制定された弁護士法七二条により、訴訟事件、非訟事件を含む一般の法律事務について非弁護士活動が取締の対象になったことにより、この時点で登記申請の代理も弁護士の専属的職務範囲に含まれるようになったものと解することができよう。

(三) 被告司法書士会の主張について

右判示に反する被告司法書士会の主張について以下検討する。

(1) 被告司法書士会は、大正九年の代書人規則一七条により司法代書人以外の代書業務は処罰を以て禁圧されることになり、その後制定された旧弁護士法は弁護士が登記申請代理業務を行うことができる旨の規定を設けなかったから、弁護士は登記申請代理業務を行うことはできないと主張する。

しかし、前記認定のとおり、旧々弁護士法により、弁護士も登記申請代理業務を行うことができた以上、その後制定された代書人規則により、明文の規定なく弁護士の右登記申請代理業務が奪われたものとは解されない。仮に、被告司法書士会の主張を前提としても、少なくとも旧弁護士法により弁護士が登記申請代理ができるようになったことは明らかである。

従って、右旧弁護士法の規定により登記申請代理を認められた弁護士は、代書人規則の「法令ニ依リ許可又ハ認可ヲ受ケ」た者と同視できるから右被告司法書士会の主張は採用することができない。

(2) 被告司法書士会は、旧弁護士法一条の弁護士の職務規定と法律事務取締法一条の取締規定の範囲及び弁護士法三条の弁護士の職務規定と同法七二条の取締規定の範囲はそれぞれ同一であると主張し、法律事務取締法一条により取締の対象となる「訴訟事件及び非訟事件の紛議」が旧弁護士法下での弁護士の職務であり、これがまた同じ表現を継承した弁護士法下での弁護士の職務でもあると同時に同法七二条により取締の対象となる行為であり、従って、弁護士法七二条で取締の対象となる行為は、紛争的性格すなわち「事件性」を有する法律事務に限られると主張する。

しかし、弁護士法三条及び七二条の「その他の法律事務」に右のような「事件性」という不明確な要件を導入することはかえって処罰の範囲を曖昧にし、罪刑法定主義の精神に反するというべきであり、また、先に詳述した立法及び法制の沿革からみても同法七二条は非弁護士の活動一切を禁止しようとする立法目的に立脚して「一般の法律事件」という包括的表現を採用しているのであり、これらのことは法解釈上当然に考慮されるべきことである。

そうすると、弁護士法三条と同法七二条とはその表現に若干の相違があるが、三条は、弁護士の職務の面から、また、七二条は非弁護士が取り扱ってはならない事項の面から、それぞれ同一のことを規定しているものと解するのが相当であり、これに「事件性」という要件を加えることは相当でない。

仮に、弁護士法七二条の「一般の法律事件」が被告司法書士会主張のとおり、「事件性」の要件を必要とすると解する余地があるとしても、職務規定と取締規定の範囲を同一に解さなければならない必然性はない。即ち、前記認定のとおり、旧弁護士法の下では一条により弁護士は「一般の法律事務」を行うことができたが、法律事務取締法一条によって右「一般の法律事務」の内の「訴訟事件及び非訟事件の紛議」が弁護士の専属的職務になったのであり、弁護士法の下においても、同法七二条の取締規定の解釈によって同法三条の職務規定の範囲を限定的に解すべきではない。

以上から、被告司法書士会の右主張は採用することができない。

(3) 被告司法書士会は、登記業務が弁護士の業務であるならば、司法書士が行うためには弁護士法七二条但し書により「この法律」である弁護士法に司法書士も登記業務ができる旨の規定が必要であるにもかかわらず、その旨の規定がないのであるから、登記業務は弁護士の業務ではないと主張し、右主張に沿う鑑定意見(乙第三二号証)がある。

しかし、登記業務が弁護士法七二条による取締の対象になるとしても、そもそも、「この法律に別段の定めがある場合」とは、削除前の七条一項及び二項の規定により、外国の弁護士となる資格を有する者であって、最高裁判所の承認を受けて法律事務を行うことが認められた者を指していたのであるから、同条が削除された現在では、経過規定としての意義を有するのみであること、司法書士の審査請求業務(司法書士法二条一項三号)は、弁護士法三条の弁護士の業務でもあることは明らかであるにもかかわらず、「この法律」である弁護士法には司法書士ができる旨の規定はないこと等を考えると、「この法律」の意義は、単にその字義どおりに解すべきではなく、「法律」又は「他の法律」の意味に解釈するのが相当である。そして、「他の法律」である司法書士法に司法書士が登記申請代理業務等を行うことができる規定がある以上、これらの法律の間に格別の矛盾はない。

従って、被告司法書士会の右主張は採用することができない。

(4) 被告司法書士会は、弁護士法三条二項には、弁理士及び税理士の業務ができる旨を特別に規定しているが、司法書士の業務ができる旨の規定はないから、弁護士は登記申請代理業務ができないと主張する。

しかし、同条一項の「一般の法律事務」の概念を前記判示のとおり解する以上、弁理士及び税理士の業務もまた当然これに包含されるのであり、ただ、これらの業務は弁護士が通常取り扱う業務とはやや異なる特殊の分野に係るものであり、解釈上疑義を生じる可能性があるため注意的に規定したものと解するのが相当である。

従って、弁護士法三条二項が特別規定であることを前提とする被告司法書士会の右主張は採用することができない。

(5) 被告司法書士会は、弁護士は、司法試験受験や司法修習の過程において、不動産登記、商業登記の勉強、研修をすることがなく、登記関係業務から遠ざかっているのであるから、司法書士が登記申請代理業務を独占すべきである旨主張する。

しかし、登記申請代理業務の内容は、関係者からの事情聴取、登記すべき権利の的確な選択、原因証書の作成、登記申請書の作成や提出などの一連の手続であって、登記実務の技術的知識のほか、民法、商法などの実体法についての理解が必要不可欠なのであり、法律の専門家である弁護士も登記業務を担当できるとするほうが、国民の権利保護のためには望ましい。確かに、弁護士は、司法試験受験や司法修習の過程において不動産登記、商業登記の勉強、研修をする機会は必ずしも多くはないが、他方で税理士や弁理士の業務をも許されていること(弁護士法三条二項)を考慮すると、右のことから直ちに登記申請代理等の業務を司法書士が独占すべきであるということはできない。

従って、被告司法書士会の右主張は採用することができない。

(6) 以上の他、前記(一)、(二)の認定及び判断を覆すに他りる主張、立証はない。

3  弁護士の登記申請代理業務と司法書士会への入会の必要性

被告司法書士会は、仮に、弁護士法三条の「その他一般の法律事務」に登記申請代理業務が含まれるとしても、弁護士が争訟性のある事件と関係なく一般的に登記手続代理業務を行うには、司法書士会に入会することが必要であると主張し、右主張に沿う鑑定書(乙第三六号証)がある。

しかし、①弁護士は、真に国民の基本的人権を擁護し、社会正義を実現するという使命を果たすため、完全な自治権を持つ弁護士会への入会が強制され、右弁護士会の監督を受けていること、弁護士会から除名されれば、登記申請代理業務をはじめ一切の法律事務を行うことができなくなるのであるから、司法書士会へ入会していなくても登記申請代理業務の公正は保持されると考えられること、②弁護士が税理士や弁理士の業務を行う場合でも、税理士会や弁理士会に入会の必要はないと解されていること(被告司法書士会は行政書士法二条、一九条を根拠に入会が強制される旨主張するが、右各法条は弁護士が行政書士の業務内容と同一の業務を行う場合に行政書士会への入会を強制しているものと解することはできない。)に照らすと、明文の規定がないのに、弁護士を司法書士会に強制的に入会させて二重の監督に服させる必要があるとは解されない。それ故弁護士会に所属する弁護士は司法書士会に入会しなくても、登記申請代理業務を行うことができると解するのが相当である。

従って、被告司法書士会の右主張は採用できない。

4  結論

以上のとおりであるから、弁護士は司法書士会に入会することなく一般的に登記申請代理業務を行うことができるものというべきである。

そうすると、原告の本件登記申請は適法であるところ、前記のとおりこれを違法であるとする趣旨の本件文書を、被告司法書士会の会長である松本が原告の顧問先へ送付した行為は、被告司法書士会が原告の名誉、信用を毀損した行為と評すべきであり、他に特段の事情がない限り違法性を免れない。

五 被告司法書士会の違法性阻却の主張について

1 被告司法書士会は、本件文書の送付は、自由競争の範囲内の社会的に許容された行為、又は法律上正当な業務行為であるから違法性が阻却されると主張する。

2 しかし、証人田口隆二及び同笈沼恒夫の証言によれば、本件文書は、非司法書士排除活動の効果を高める目的でされたものであることが認められ、これが原告の顧問先に直接送付されたものであること、その内容は、競合関係にある弁護士と司法書士の登記業務について、一方が他方の業務を違法であると指摘する趣旨であることを考えると、このような行為を自由競争の範囲内の社会的に許容された行為、又は法律上正当な業務行為と認めることはできない。

従って、右主張は採用できない。

六 請求の原因3(四)(過失)について

1 前掲甲第二号証の二、第三九号証、第五五号証によれば、本件文書送付以前に弁護士法三条の解釈として、弁護士は司法書士の業務を行うことができる旨記載されている文献や司法書士法一九条一項但し書の「他の法律」に弁護士法が該当する旨記載されている文献が相当数あること、また、昭和六〇年五月三〇日の参議院法務委員会で法務省民事局長が司法書士法一九条一項但し書の「他の法律」には弁護士法などがあると回答していることが認められる。

これらの事実からすれば、弁護士が一般的に登記申請代理業務を行うことができるか否かの問題は、互いに専門職である弁護士と司法書士の職域そのものに関する事項である上、双方の利害が正面から対立するものであり、しかも、被告司法書士会が主張するような解釈が定説とされているものでなかったことは同被告において十分予見できたものである。その上、本件文書は、司法書士と利害が対立する関係にあり、法律の専門家でもある原告に対してではなく、原告の顧問先である湊川建設に直接送付されたものである。

そうしてみると、松本としては、少なくとも他の文献を調査したり、弁護士会、法務省等に問い合わせをする等の注意義務を尽くすべきであったといわなければならない。

2 しかるに、松本は右注意義務に反し、登記実務家の機関紙の記載を軽信し、本件登記申請は違法であるとして原告の顧問先に本件文書を送付したのであるから、松本には過失があったものと認めるのが相当である。

3 松本が被告司法書士会の会長であることは前記のとおり当事者間に争いがない。

4 そうすると、請求の原因3(三)について判断するまでもなく、被告司法書士会は民法四四条一項により、原告の被った後記損害について賠償する責任がある。

七  請求の原因3(五)(不正競争防止法上の責任)について

1  別紙(一)の文書の発送等差止め請求について

被告司法書士会代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告司法書士会は本訴提起後も非司法書士排除活動を行っていたものの、その効果が上がり、現在では非司法書士による登記申請が減少していること、それ故、被告司法書士会は、その後本件文書又はこれに類似する文書を登記申請人本人若しくはその代理人等に送付することはしていないこと、原告自身このような文書が登記申請の依頼者の下へ送付されたのは本件一回のみであったことが認められる。

右事実によれば、被告司法書士会が今後本件文書又はこれに類似する文書を登記申請関係者に送付するとは考え難く、他にこのような文書を送付する現実的な危険性があることにつき主張、立証はない。

従って、その余について判断するまでもなく右差止めの請求は理由がない。

2  別紙(二)の文書(陳謝文)の送付請求について

不正競争防止法の信用回復措置は、害された営業上の信用を回復するのに必要かつ十分な範囲で足りるものと解される。

ところで、右1認定のとおり、原告の登記申請の依頼者の下に本件文書が送付されたのは湊川建設に対するもの一回のみであり、成立に争いのない甲第七五号証及び弁論の全趣旨によれば、その後、原告と湊川建設との信頼関係は回復されたことが認められるから、原告の被った損害は後記のとおり金銭による賠償で足りるものと解するのが相当である。

従って、その余について判断するまでもなく右陳謝文の送付の請求は理由がない。

八  請求の原因4(被告国の責任)について

1  違法な情報提供について

原本の存在と成立の真正に争いのない乙第三号証、証人田口隆二、同笈沼恒夫、同小松敏雄、同成田忠、同成田季男、同宮澤松三の各証言及び弁論の全趣旨によれば、非司法書士排除活動に関する実態調査は、日本司法書士連合会の主導により、司法書士法一九条において司法書士の業務と定められている登記申請代理業務につき、非司法書士による登記申請を排除し、登記業務の適正円滑な運用を図ることによって、国民の登記に対する信頼を高め、かつ司法書士の職域を守るために行われているものであること、非司法書士の業務の実態を調査するためには、登記申請書を見る以外に有効な手段がないこと、登記申請書を閲覧することによって知り得る情報は申請人(代理人)の住所、氏名のみであること、非司法書士排除活動が公益上の目的を有しているため法務省民事局も協力し、閲覧についての正規の手続を経ることなく登記申請書を閲覧させることを許容していることが認められる。そして、商業登記法一〇条が登記簿の付属書類の閲覧を利害関係がある場合に限って許している趣旨は、事務処理上の便宜と利害関係のない者には閲覧をさせる必要性がないからであると解される。

そうしてみると、登記官が被告司法書士会に登記申請書を閲覧させたことを以て違法な情報提供行為であるとすることはできない。

2  監督義務違反について

原告は、被告国は、被告司法書士会が非司法書士排除活動を行うに当たって、他人の名誉・信用・業務を侵害しないように、その配付文書の表現内容や文案等を事前に調査し、配付先もチェックをして、弁護士や公認会計士及びその依頼人に対して配付を控えるように指導、助言、監督すべき具体的な注意義務があると主張する。

しかし、国が司法書士会に対し、一般的な監督作用を果たすべき責任を負っているからといって、直ちに右のような具体的な注意義務があると解することはできず、かつ本件において、そのような義務があったことを認めるべき特別の事情について主張、立証がない。

九  請求の原因5(損害)について

1  パート雇用による損害

成立に争いのない甲第一号証の一(但し、書き込み部分を除く。)、第七五号証、官署作成部分については争いがなく、その余については弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一号証の二、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二一号証、第三七号証、第三八号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和六〇年二月一〇日から同年三月三一日まで鈴木求美を、同年二月七日から四月一日まで岡田豊子を、それぞれパートとして臨時に雇用し、二〇万円ずつ合計四〇万円を支払ったこと、本件文書が湊川建設に送付されたのは昭和六〇年二月一日ころであり、湊川建設が原告に右文書が送付されたことを報告したのは同月六日ころであること、原告は同月一二日、これ以上本件文書が顧問先等に送付されることを防ぐために浦和地方裁判所に文書頒布等禁止の仮処分命令を申請し、右申請は同年三月三〇日に取り下げられたことを認めることができる。

右事実によれば、鈴木求美らに対するパート代金は、本件文書が送付され、その対応に追われたことから生じたものであると認められるから、合計四〇万円を前記違法行為と因果関係のある損害と認めるのが相当である。

2  論稿作成による損害

原告は論稿作成による損害を主張し、前掲甲第七号証及び第七五号証によれば、原告は、湊川建設等の顧問先、特に不動産会社の業務担当者、取引銀行支店長等に弁護士の登記申請代理業務の正当性を主張するために、また、司法書士その他の者に対し同旨の講演・講義をするために、従来収集していた資料を整理した論稿を執筆し、右執筆のために約一か月を要したことが認められる。しかし、このような論稿の執筆は本件文書の送付に対する防禦行為として必要不可欠なものと言えず、前記違法行為と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

3  仮処分申請による損害

原告は、前述のとおり自ら文書頒布等禁止の仮処分命令を申請したが、前記認定の本件文書の内容及び送付先等を考えれば、右仮処分命令申請当時更に引き続き同趣旨の文書が被告司法書士会から登記申請の依頼先に送付されることを恐れて、原告が右仮処分命令の申請に及んだとしても、それはやむを得ないことであったと考えられる。

そして、右のような事情及び事案の態様等を考慮すると、二五万円をもって仮処分申請による損害と認めるのが相当である。

4  甲事件の提訴及び追行による損害

前掲甲第七五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六三号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和六〇年九月九日甲事件の訴を提起し、本人として右訴訟を追行したこと、昭和六一年五月二七日、弁護士杉本文男、同井花久守、同岩元隆に対し甲事件の訴訟追行を委任し、杉本文男及び岩元隆に対して実費として各一〇万円を支払ったこと、内杉本文男及び岩元隆は昭和六三年一〇月一四日に、井花久守は平成元年二月二日にそれぞれ辞任したことが認められる。

原告は、右三名の弁護士に各二〇万円を実費、報酬として支払ったと主張するが、前記認定を越える分についてこれを認めるに足りる証拠はない。

以上の事実及び甲事件の事案の態様、係属期間等を考慮すると、五〇万円をもって甲事件の提訴及び追行による損害と認めるのが相当である。

5  慰謝料

前掲甲第七五号証によれば、原告は、本件文書を送付された湊川建設から、「先生は登記業務ができないのか、それならちゃんと言ってもらわねば困る。会社もとばっちりを受けて迷惑だ。」などと言われたことが認められる。そして、弁護士の職務が専ら依頼者との信頼関係に基礎をおくものであることからすれば、本件文書が湊川建設に送付されたことにより原告は多大な精神的苦痛を受けたものと考えられる。

しかし、前掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告はその後湊川建設に対して弁護士の登記業務の正当性を説明し、信頼関係を回復していることが認められ、このような事実その他本件に現れた諸般の事情を併せ考えれば、慰謝料は五〇万円が相当である。

6  以上のとおり、原告の被告司法書士会に対する不法行為に基づく請求は右の限度で理由がある。そして、既に判示した内容からすれば、不正競争防止法一条ノ二第一項によっても、右限度を越える損害賠償請求はこれを認めることができないことは明らかである。

第二  乙事件について

一  請求の原因1(被告司法書士会の地位)及び同2(原告の責任)(一)(本件訴状の陳述)は当事者間に争いがない。

二  請求の原因2(二)(違法性・過失及び損害)について検討する。

1 違法性について

(一)  弁論主義・当事者主義を基調とする民事訴訟の下では、当事者が自由に忌憚のない主張を尽くすことが重要であり、このことからすれば、たとい相手方の名誉を失墜するような主張がされたとしても、それがことさら害意をもってなされたもの等でない限り、原則として違法性が阻却されるものと解される。

(二)  しかし、当初から相手方当事者の名誉を害する意図で、ことさら虚偽の事実又は当該事件と関係のない事実を主張し、あるいはそのような意図がなくとも、相応の根拠がないままに訴訟遂行上の必要性を越えて、著しく不適切な表現内容、方法、態様で主張をし、相手方の名誉を害する場合は社会的に許容される範囲を逸脱したものとして違法性が阻却されないものと解すべきである。

(三)  本件で問題となっているのは、被告司法書士会を「劣位下等」な集団と表現した点である。

一般に「劣位」とは他より劣っている地位という意味であり、「下等」とは品位、品質、等級が劣っていることの意味である。同じ法律業務に携わるものとして弁護士は司法書士に比較してより高度の知識を要求されその試験制度もより厳しい。しかし、弁護士と司法書士とはいずれも独立した専門の職業である上、前記認定のとおり、少なくとも登記業務について両者は競合関係にあり、優劣の関係にはない。原告が、弁護士と司法書士の右相違点を主張したいために前記のような表現を用いたであろうことは推測されるのであるが、「劣位下等」という表現を用いなければ右関係を表現できないわけではない。

(四)  これらの諸点を考えると、原告の用いた前記表現は訴訟遂行上の必要性を越えた著しく不適切、不穏当なものであって、被告司法書士会の名誉を著しく害したものと認められる。

(五)  従って、原告は本件訴状を陳述したことにより、被告司法書士会の名誉を違法に毀損したものというべきである。

2 過失について

原告が法律業務の専門家である弁護士であることからすれば、右違法性につき認識し、これを差し控える注意義務があったことは明らかであり、原告には右注意義務を怠った過失があるというべきである。従って、原告は被告司法書士会に対して民法七〇九条に基づき不法行為責任を負わなければならない。

なお、被告司法書士会の方がこれより先に原告の名誉を毀損していることは前記第一認定のとおりであるが、そうであるからといって、被告司法書士会が原告の前記主張を受忍・甘受しなければならないものではなく、また、原告の前記行為が当然に違法性が阻却されるものでもない。

3  損害・謝罪広告掲載について

本件訴訟の経緯、特に被告司法書士会の方が先に原告の顧問先に本件文書を送付して原告の名誉を毀損していること、原告は右訴状部分の陳述を本件第一二回口頭弁論期日において撤回している(この事実は当裁判所に顕著である。)こと等を考慮すると、右名誉毀損に対する慰謝料は一〇〇万円が相当である。

前記名誉毀損の内容、その後の経緯等を併せ考えれば、右損害賠償の他に名誉回復手段として、謝罪広告の掲載まで認める必要はないものと解する。

第三  丙事件について

丙事件は本件登記申請という過去の行為について、それが弁護士としての原告の職務行為であることの確認を求めるものである。

ところで、過去の法律関係の確認は、現在これを確認する利益(必要性)がある場合に限って特に許されるものと解すべきところ、本件においては、前記認定のとおり、今後被告司法書士会が本件文書を送付することは考え難いこと等を考慮すると、右必要性を認めることはできない。

従って、丙事件の訴えはその余について判断するまでもなく、不適法として却下すべきである。

第四  丁事件について

一  丁事件は、不正競争防止法一条一項六号の「競争関係にある他人」に該当することの確認を求めるものであるが、右「競争関係にある他人」とは、同種の商品を扱い、あるいは同種の役務を提供する業務関係にある者を言うのであり、このような事項は単なる事実関係であって、法律関係であるとは解されない。

中間確認の訴えは、特段の事情がない限り、法律関係の確認に限られるものと解されるところ、右特段の事情について、主張、立証がない。

二  仮に、右「競争関係にある他人」が中間確認の訴の対象となる法律関係に当たるとしても、その関係にあるのは弁護士と司法書士であり、被告司法書士会は、司法書士の加入する団体であって、これが団体として登記申請代理業務等の営業活動を行っているわけではないから、同被告が弁護士である原告との関係で競争関係にある他人に該当するとはいえない。

三  従って、丁事件の訴えはその余について判断するまでもなく、不適法として却下を免れない。

第五  まとめ

以上のとおりであるから、①原告の甲事件請求は被告司法書士会に対して不法行為に基づき損害金一六五万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六〇年一〇月二三日(甲事件の訴状が被告司法書士会に送達された日の翌日)から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余については理由がないから棄却し、②原告の丙及び丁事件の訴えはいずれも不適法であるから却下し、③被告司法書士会の乙事件請求は原告に対して不法行為に基づく損害金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年二月一九日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余については理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

なお、甲事件及び乙事件とも仮執行宣言については、相当でないのでこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官清野寛甫 裁判官田村洋三は転補につき、裁判官香川美加は退官につき、いづれも署名、押印することができない。裁判長裁判官清野寛甫)

別紙(一)

殿

謹啓 時下ますます御清祥のこととお慶び申し上げます。さて、不動産、商業・法人登記は司法書士のみが依頼人からの嘱託にもとづき申請代理ができる旨司法書士法に定められております。今回登記所に申請のありました下記登記は司法書士による申請ではないように見受けられますが次回登記申請のさいは司法書士に嘱託されますようお願いいたします。

別紙(二)

陳謝文

貴社が浦和市文蔵五丁目四番九号弁護士岡田滋氏に依頼された浦和地方法務局大宮出張所昭和五九年六月一日受付第一二〇四号 株式会社変更登記申請事件(登記の事由新株発行)に対し、埼玉司法書士会が昭和六〇年二月一日付で貴社に送付いたしました文書の中には、表現に不適切な文言がありました。

その為に恰も弁護士は登記申請代理行為ができないかのような誤解を与え、関係各位に多大の御迷惑を及ぼし遺憾に存じます。ここに訂正し陳謝いたします。

別紙(三)

謝罪広告

私は、浦和地方裁判所昭和六〇年(ワ)第一〇七一号事件の訴状に、埼玉司法書士会を

「劣位下等な職能集団」

ときめつけた文言を用い、かつ、口頭弁論期日においてそのまま陳述しましたが、これは埼玉司法書士会を著しく侮辱する文言であり、これにより埼玉司法書士会の社会的名誉と信用を害する結果となり、誠に申し分けなく感じております。

ここに、不適当な文言を用いたことを認め、慎んで謝罪致します。

昭和六三年  月  日

浦和市文蔵五丁目四番九号

弁護士  岡田滋

別紙(四)

参考資料

司法書士法(抄)

第2条1 司法書士は、他人の嘱託を受けて次に掲げる事務を行うことを業とする。

(1) 登記または供託に関する手続について代理すること。

第19条1 司法書士会に入会している司法書士でないものは、第2条に規定する業務を行ってはならない。

ただし、他の法律に別段の定めがある場合はこの限りでない。

第24条1 第19条第1項の規定に違反した者は、1年以下の懲役または5万円以下の罰金に処する。

〔注〕

「税理士が顧問として関与している会社等の商業登記書類の作成及び登記手続の代行等を附随業務として行うことは違法。」

(昭35.7.29法務省民事局長回答)

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